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金融史からみた南北戦争 その2

この次期にロシアが参戦した理由は、何だったのか?
欧州の状況を眺めてみます。
 
 
ロシアの参戦は、奴隷解放と何の関係もなかった。
イギリスとフランスが、フィンランド・エストニア・ラトヴィア・ポーランド・クリミア・グルジアを分離
させて、ロシア帝国を分裂させようとしていたためだ。
フランスのナポレオン3世は、イギリスとオーストリアに、互いに同盟して、ロシアの分裂を加速
させるよう提案していた。
 
南北戦争は経済的利害をめぐる戦いで、戦闘意欲が欠落していた。また戦費の調達も問題視
されていた。この問題を解決するため、奴隷解放宣言が出された。
 
この宣言は合衆国が実効支配していない南部の奴隷開放を宣言し、北部の奴隷州では
奴隷制度の存続を認めるという、とんでもない代物だった。
 
効果的だったのは、欧州の介入をこの宣言で排除できたことだ。
奴隷制度の廃止しようとする国と敵対して、国民の怒りを買う国はなかったからである。
南部に対する欧州の肩入れは急速に低下した。
 
開戦当時、従軍期間は3ヶ月とされていたが、戦いは長期化の様相を呈しはじめていた。
1863年、憲法を無視してリンカーンが徴兵制度を施行すると、北部の人々は激怒し、暴動が
起こった。
(憲法では議会だけが軍兵を募ることができるとされている)
 
暴動を鎮めるため、憲法を無視して人身保護法は停止され、政府に反対する市民を正式な起訴
や裁判なしに投獄できるようになった。
 
1861年、連邦政府の歳出は6700万ドルだった。
1865年、連邦政府の歳出は13億ドルに増加し、税金でまかなえるのは、11パーセントにしか
すぎなかった。
 
この財源を確保するため、北部政府は不換紙幣を印刷する決定を下した。
1862年、財務省は1億5000万ドルの信用証書を印刷して、マネーとして流通させた。
 
これまで、銀行家は政府債務に便乗して利子を得る、という慣習があった。
銀行家は連邦政府の不換紙幣の代わりに、銀行のマネーを流通させたかった。そのためには、
政府の債務を裏付けとして銀行券を発行する仕組みが必要になる。つまり、中央銀行制度だ。
 
1863年、国法銀行法が可決される。
国債の市場を作り、国債をマネーに転換することで戦費を調達しようというものだった。
国法銀行が国債を購入しても、銀行はその国際を保有せず、財務省に戻して、銀行名を表示した
同額の合衆国銀行券と換える。政府は法貨として使えると宣言した。
結局、お決まりの仕組みになってしまった。
 
戦費調達問題は解決したが、以後、連邦政府は債務からの脱出が不可能になった。
 
 
−わたしは近い将来に危機が迫って来ていることを知り、動揺している。わが国の安全が非常に
 気にかかる。私企業がこの国の王座につき、その後、地位の高い者たちの腐敗の時代がやって
 来るだろう。この国の金力が人々の偏見に働きかけて、支配を長引かせることになる。富は小数
 者の手に集まり、共和政は崩壊するだろう−
                                       エイブラハム・リンカーン
 
だから投資家はどうすればいいのか? へつづく

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