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連邦準備制度理事会(FRB=連銀)は、国家銀行ではない

為替を考える上で、読み物を紹介します。
(要約・抜粋のかたちをとりますが、主要参考文献を最後に表記しておきます)
 
基軸通貨ドルの発行権を握っている連邦準備制度理事会について、その設立当時から廃止を
めぐる動きがありました。現在でも、連銀の廃止を求める声があります。
 
 
1910年、アメリカでは金融資源支配の集中が相当進んでいた。
モルガン家とロックフェラー家の2大財閥である。
ヨーロッパでは、さらに進行していて、ロスチャイルド家とウォーバーグ家に収斂していた。
 
彼ら銀行家たちのあいだには、協調や反目・敵対といったことがあったものの、おおよそ、次の
ような考えを持つに至っていた。
 
1.メンバー間の競争を最小限に抑えて、利益を最大化すること
2.新しい競争者の参入を困難にすること
3.政府の警察力を利用してカルテルを履行させること。
 
※カルテル……独立したビジネスが集まってメンバーの生産や価格、マーケティングの調整を行う
          グループのこと。競争を抑制し、利潤を上げることが目的。共同で産業を独占し、
          自由競争の場合よりも高い価格で顧客に商品・サービスを提供する。
 
彼らにとって、共通の敵とは、今や「競争」そのものになっていた。
 
当時のアメリカでは、銀行の数は増えており、ニューヨークの銀行のシェアは低下していた。
1880年代には、ほとんどの銀行は国法銀行で、銀行券というかたちの通貨発行を認められて
いた。1913年、連邦準備法が成立した年には、非国法銀行は71パーセント、預金量で57パー
セントになっていた。
 
ニューヨークに拠点をおく銀行家からしてみれば、この傾向は逆転させねばならない。
自由市場金利の健全な働きによって、融資金利と預金金利のバランスがとられ、競争は借入資本
ではなく利潤でまかなおうとする趨勢が出てきていた。
 
銀行は実際の預金量を超えた融資ができるが、限度がある。その限度とは、銀行が保有する金の
供給量できまる(貸し出し先を借入金漬けにできない。制限がかかってしまう)。
 
これらの要因によって、アメリカ企業を成長させた資金の70パーセントは内部資金でまかなわれ、
産業は銀行からの独立の度合いを強めた。
政府は、1900年から1910年のあいだに金の保有量を増やして、国家債務を急激に減らした。
 
この事態は銀行家にとって阻止せねばならなかった。
彼らは自分たちの意のままに動く中央銀行設立のため、動きはじめることになる。
 
カルテル設立への原理 へつづく

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